青柳宿御茶屋跡

御茶屋跡歴史

唐津街道(からつかいどう)の宿場町・青柳宿に設けられた、参勤交代の大名たちが休み泊まった御茶屋(おちゃや)の跡地です。幕末には薩摩や佐賀の大名一行も、この地を通り立ち寄りました。

所在地 古賀市青柳町 ↗地図
見学 御茶屋の建物や遺構は残っておらず、街道沿いの町並みを散策しながら跡地をたどる形になります。関連する市指定文化財「青柳宿の宿札」は個人宅(城戸氏宅)の所蔵のため、通常は公開されていません。展示や公開の有無は古賀市文化課(歴史資料館、092-944-6214)へお問い合わせください。
アクセス 九州自動車道「古賀IC」から車で約5分。JR鹿児島本線「古賀駅」から徒歩圏(青柳町一帯)です。
駐車場 専用駐車場はありません。古賀駅前の有料駐車場などをご利用ください。

この史跡について

青柳宿御茶屋跡は、唐津街道の宿場町・青柳宿に設けられていた御茶屋の跡地です。御茶屋とは、参勤交代などで街道を行き来する大名(だいみょう)が休憩・宿泊するための施設のことです。青柳宿の御茶屋は慶長10年(1605年)、宿場の整備とともに設けられました。幕末には福岡藩や幕府の巡検使のほか、佐賀藩・薩摩藩の一行も参勤交代で利用しました。建物や遺構は今は残っていませんが、街道沿いの町並みを歩きながら跡地をたどることができます。

  • 参勤交代の大名が休み泊まった御茶屋の跡地
  • 幕末には薩摩・佐賀の大名一行も往来した唐津街道の要所
  • 城戸家に伝わる市指定文化財「青柳宿の宿札」3枚(島津久光・黒田一美・鍋島閑叟の名が残る)
  • 石積みが残る市指定文化財「青柳宿西構口跡」とあわせて宿場の面影をたどれる
  • 建物は残らず、街道散策のなかで「跡地」としてたどる場所

史跡データ

区分未指定

時代江戸時代(慶長10年・1605年設置)

位置づけ青柳宿の御茶屋(大名の休泊施設)

この史跡の意義

参勤交代の大名を迎えた御茶屋は、唐津街道が九州の交通の大動脈であったことを今に伝えています。とりわけ城戸家に残る宿札には、島津久光(薩摩)や鍋島閑叟(佐賀)といった幕末維新を動かした名君の名が記され、実在の大名がこの地に立ち寄った確かな証拠となっています。建物こそ残りませんが、宿場の歴史を物語る大切な場所です。

すぐ近くには、宿場の出入口の石積みが残る市指定文化財「青柳宿西構口跡」や、宿場全体を紹介する「青柳宿」があります。あわせて歩くと、唐津街道の宿場町の面影をより深く感じられます。古賀市立歴史資料館には青柳宿の街並みに関する展示もあります。