青柳宿西構口跡
市指定文化財歴史
宿場の入口を守る門でありながら、いざという時には街道を封じる防御(ぼうぎょ)の施設でもありました。この構口(かまえぐち)の遺構は、福岡藩内でわずか3か所しか残っていない貴重なものです。
この史跡について
青柳宿西構口跡(あおやぎしゅくにしかまえぐちあと)は、唐津街道(からつかいどう)の宿場町・青柳宿の西の出入口に設けられた構口(かまえぐち)の跡です。構口とは、宿場の出入口に築かれた門塀(もんべい)のことで、江戸に近い側を東構口、その反対側を西構口と呼び分けました。現地には石積みと説明板が残り、古賀市の指定文化財に指定されています。青柳宿はたびたびの大火に見舞われ、当時の宿場の遺構としては、この西構口跡がまとまって残る数少ないものです。
- 唐津街道の宿場町・青柳宿の西の出入口を守った構口の跡
- 宿場を封じる防御・関門の役割を担った門塀(もんべい)の遺構
- 福岡藩内で構口が残るのは山家宿・木屋瀬・青柳宿の3か所のみという希少性
- 現地に残る石積みと、歴史を伝える説明板
- 青柳宿の町並み散策とあわせて巡れる立地
史跡データ
指定区分古賀市指定文化財(考古資料)
指定年月日平成15年(2003年)3月31日
時代江戸時代
構造・特徴宿場の出入口に築かれた構口(門塀)の跡で、石積みが残る
この史跡の意義
江戸時代に整備された唐津街道の宿場のうち、出入口に構口を築いた宿は限られていました。現在、福岡藩内で構口が残るのは、筑紫野市の山家宿、北九州市の木屋瀬、そして古賀市の青柳宿の3か所だけです。青柳宿西構口跡は、近世の歴史のすがたを伝える資料として、古賀市から貴重なものと位置づけられています。
東側の町並み(上町の「鍵の手(かぎのて)」)や横町、青柳宿御茶屋跡(ごちゃやあと)とあわせて巡ると、宿場町の面影をより楽しめます。
