KOGA HISTORY VOL.06

古賀の歴史を歩く

第六章 地名と人物でたどる古賀(最終章)

「古賀」ってどういう意味? 難読の「鹿部」はなぜそう読む? 地名の由来をたどると、土地の成り立ちや昔の暮らしが見えてきます。地名と人物から、古賀をやさしくひもとく最終章です。

名前は、
土地の記憶

「古賀」の由来 ― 諸説あります

いま、"古賀"という名の層

「古賀」という地名の語源は、はっきりとは分かっていません。よく挙げられるのが、古語の「クガ(陸地)」に由来するという説です。全国の「古賀・古閑・古河」と整合することから有力とする見方もありますが、どれも諸説のひとつ——決められないのも、郷土史の面白さです。

クガ(陸地)説

古語の「くが」は、水面に対する乾いた陸地のこと。花鶴川かづるがわの河口付近の陸地に集落ができたことから「クガ」→「コガ」になったとされます。全国の「古賀・古閑・古河」と整合することから、有力とする見方もあります。

コクガ(国衙)説

古代の役所「国衙こくが」が縮まって「コガ」になったとする説です。

コガ(古河)説

河口の入江を「古河こが」と呼んだことに由来するとする説です。

クガ=陸地説国衙説古河説
語源には、有力な三つの見方がある
MARGIN NOTE3つの説の詳しい読み比べは、読み物「古賀」という地名は、どこから来たのかでどうぞ。

旧村名をたどる

いま、地区の名に残る、土地の記憶の層

いまも地区の名前として生きる旧村名。そのひとつひとつに、土地の記憶が刻まれています。読み方の由来をたどると、昔の暮らしや地形が立ちのぼってきます。

むしろの里筵内むしろうち『延喜式』の官道の駅「席打駅(むしろうちのえき)」に由来。むしろ作りが盛んだった里。1889年に席内村が成立し、1938年の町制施行で古賀町になりました。
柳の茂る里青柳あおやぎ柳が青々と茂っていた場所に由来するとされ、鎌倉時代にはすでに「青柳郷」と称していたことが文献で確認されています。唐津街道の宿場町。
難読地名鹿部ししぶ「しし」は地崩れを表す地形用語とする説(鹿部山の三つの峰の山容に由来)と、鹿や猪など獣の古語とする説が併記されます。JR「ししぶ駅」は北海道の鹿部(しかべ)駅と区別するため、ひらがな表記に。
水辺の草原薦野こもの「薦(こも)」は水辺に群生する植物マコモのこと。マコモが生い茂る湿原だったことに由来するとされます。
古代氏族の名米多比ねたび古代氏族「多治比(たじひ)」氏にちなむ、独特な地名です。
MARGIN NOTE席打駅の道は第一章で、青柳宿のにぎわいは第二章で歩いています。

川にまつわる伝説

いま、川の名に沈む、伝説の層

古賀を流れる二つの川には、名だたる高僧が登場する言い伝えが残ります。史実として確かめられた話ではなく、地域に語り継がれてきたお話です。

ここからは伝説——史実ではなく、地域に伝わる言い伝えのお話です。
伝説・空海

大根川だいこんがわ

弘法大師こうぼうだいし(空海)の伝説に由来すると伝わります。筵内むしろうちに立ち寄った大師が、川で大根を洗う老婆に大根を求めたところ、断られたうえ石を投げつけられました。大師が金剛杖こんごうづえで地面を突くと川の水が止まり——以来、大根のとれる頃になると川が干上がるので「大根川」と呼ぶようになったのだとか。

伝説・最澄

花鶴川かづるがわ

大根川の下流部の呼び名。805年(延暦24年)、唐からの帰途に暴風雨で古賀の浜に漂着した伝教大師でんぎょうだいし(最澄)が、浜に舞う多くの鶴の美しさに感嘆したことに由来すると伝わります。地名「花鶴」も、同じ伝説に基づきます。

空海の伝説最澄の伝説
805延暦24年、最澄が古賀の浜に漂着したと伝わる年
MARGIN NOTE空海も最澄も、平安初期を代表する名僧。海に開かれた古賀は大陸との行き来の途上にあり、その土地柄が伝説のかたちで今に残ります。

ゆかりの武将たち

いま、名に刻まれた、武将たちの層

中世の古賀は、立花氏の勢力圏にありました。九州随一の名将といわれる立花道雪と、その養子・立花宗茂が地域と深く関わり、医王寺は彼らの帰依を受けた有力寺院として知られます。そして地元からは、二人に仕えた重臣が出ました。

立花道雪たちばな どうせつ九州随一の名将と称された立花家の当主。古賀一帯に深く関わりました。
立花宗茂たちばな むねしげ道雪の養子。道雪とともに医王寺の帰依者として知られます。
薦野増時こもの ますとき薦野を本拠とした、道雪・宗茂の重臣。
米多比鎮久ねたび しげひさ米多比の出身。道雪・宗茂に仕えた重臣。

宗像色姫むなかた いろひめ宗像氏貞の妹。人質として立花道雪の側室となり、青柳で暮らしました。色姫の墓を見る →

MARGIN NOTEゆかりの医王寺は現在も訪ねられます。色姫の物語は第五章で詳しく。

地名は、土地の記憶。
耳をすませば、物語が聞こえる。

「むしろを打つ村」「柳の茂る里」「鶴が舞った浜」——名前の由来をたどれば、古賀に生きた人々の暮らしと物語が見えてきます。次に古賀のまちを歩くとき、地名にちょっと耳をすませてみてください。連載「古賀の歴史を歩く」は、これで全六章です。

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SOURCES

本文の事実関係は、リサーチ部の研究データおよびファクトチェック(2026年6月)を経た歴史ブリーフの原稿に基づき、その範囲内で構成しています。地名の語源・川の伝説は諸説・伝承として記載し、一次資料で裏付けの取れない異伝は掲載していません。